皆様、こんにちは!ランサムはなです。
最近、タレントのルー大柴さんのブログ読者になりました。
なんと言っても面白いのは、ルーさんのカタカナの使い方!
ちょうど2017年2月2日のブログも拝見していたんですけど、「ネクストはステーキをイートして、稽古に励もうとシンクしています」(ブログより引用)とか書いてあるんです。
「イートする」とか、もう大爆笑。
このユーモアのセンス、海外在住の日本人には真似できないと思います。
・・・アメリカにいると、日本人コミュニティで時々、「皆さん、日本語がルー大柴にならないように気をつけましょう!」みたいな挨拶を聞くことがあります。
う~ん、だけどルー大柴さんになるなんて、逆立ちしたって無理だと思うなあ。
そもそもルーさんみたいに面白くないし。
ルーさんの英語っぽい(?)日本語って、在外日本人の日本語と比べると、根本的に違う気がします。
在外日本人の日本語って、普通の日本語と比べて何か違うな、って感じることがあると思うんですが、やみくもに英語・カタカナが混じっているんじゃなくて、それなりに法則性があると思うんです。
英語圏で暮す在外日本人の日本語の特徴について、気づいた点をまとめてみました。
1. 和製英語を使わない。
在外日本人は英語に囲まれて暮しているので、和製英語を忘れています。なので「ノートパソコン」を「ラップトップ」と言ってみたり、「バイキング」を「バフェー」と言ったりします。
2. 日本にない現地の習慣や制度について話すときに英語になる。
アメリカでの生活や制度を説明したりするときに、日本でこれに対応する経験をしていない場合や、これに対応する表現や規則がない場合、そこだけ英語がはめ込まれます。
たとえば「ディダクティブル(Deductible=保険の自己負担分や税金の控除分)」、「カープール(Carpool=車の相乗りをして子供などを送り迎えすること。圧倒的に車社会のアメリカに多い)」など。
アメリカの文化に根付いた習慣は、現地で生活するうちに覚えた表現なので日本語が思いつかない。それでその部分だけ英語で差し替える現象が起きます。
私自身、日本に帰って来てからしばらく「お迎え」という言葉を思いつかず、「ピックアップ」という言葉を使い続けていました。
3. 日本語に翻訳した時に、品詞を変更しなければ自然に聞こえない表現を英語のまま使う。
たとえば「この人は凝り性だ」とか「ヤキモチ焼きだ」とか、日本語だと名詞を使うのが自然だけれども英語の場合は形容詞を使った方が自然な表現を「obsessive」とか「jealous」と形容詞のままカタカナで言ったりします。つまり、自然な翻訳にするためにはもう一ひねり工夫することが必要な表現を、手間をかけずにそのままカタカナ読みで言ってしまうわけです。
英語って、日本語よりも形容詞を使う機会が多いので、形容詞をカタカナ読みしてそのまま日本語に混ぜちゃったりします。
日本語を忘れないように心がけている日本人でもこういうふうに引っ張られてしまうので、英語という強い重力に囲まれた環境で日本語をキープするというのは、実はとっても労力が要ることだったりするのです。
・・・ともあれ、こういった法則性を踏まえると、ルー大柴さんの「トゥギャザーしようぜ」みたいな表現は、絶対に出て来ないはずなんです。
ルーさんのカタカナ英語は、日本人なら誰でもわかる単語を英語に置き換えているし、日本人の笑いのツボを考えて、とてもよくできていると思うんです。
裏を返すと、日本人の話し方や文化を知り尽くしていないとあそこまでおかしな表現は作れないわけで・・・
そういうことを考えると、ルー大柴さんは、実はとっても日本人だ・・・と密かに思ってしまうのは、私だけでしょうか?
どの程度カタカナを混ぜると日本人の耳に外国人っぽく聞こえるか・・・など、見ていてとっても興味深いので、これからもフォローしたいと思います。