戸田さんの翻訳を見ていてつくづく感心するのは、全体の「雰囲気」をつかむのがうまいな~ということだ。
まずは作品を通して見て、細かいところよりも全体の流れや雰囲気をざっと把握して、その感覚を頼りに作業を進めておられるのではないだろうか(あくまで推測ですが)。
雰囲気を訳すということは、字面に表れてこない「空気」も訳文にうまく盛り込まないといけないということで、文字を追うだけでは不十分なので、意外に高度なスキルなのである。
字幕翻訳の名文として、「カサブランカ」の「君の瞳に乾杯」という表現が有名だ(高瀬鎮夫さんの訳だそうです)。
原文は、「Here is looking at you, kid」というのだそうだ。
乾杯のときに、グラスを持って「Here is ~」(この一杯は~に)という表現を使うのだけれど、「君を見ることができることに乾杯」じゃなく、「君の瞳に乾杯」としてあるところが、ニクい。
原文にあった「looking」という表現も、「瞳」にさりげなく活かされている。
「kid」という親しみを込めた呼びかけは削られているが、ほれぼれと見とれている様子は十分伝わってくるだろう。
原文以上に完成度が高く、輝く名文に仕上げてしまったところなど、もう鳥肌モンである。
こんな訳文は、原文に近づきすぎて「う~ん、lookingは『見る』だから・・・」なんて単語の意味に捉われていては出てこない。英語からある程度距離を置いて、こんな状況を日本語で言い表したら、どう言えば自然だろう?どう言えば同じようにお客さんを感動させることができるだろう?と考えないと、こんな気の利いたセリフは浮かんでこないだろう。
戸田さんの翻訳は、そのような距離の取り方が絶妙だと感じる。
ちょうど大空を舞うワシやタカが、上空から地上の状況を見ているような、そんな視点と言えばいいだろうか。
だから全体的には、翻訳というよりも、1つの戸田作品としてとてもよくまとまっているし、完成度が高い。
字幕翻訳は、字数制限のある中で、雰囲気をうまく訳して、感動させるところは感動させ、笑わせるところは笑わせなければならないのだから、大変だ。
そんな制約の多い条件で、きちんと望ましい反応を観客から引き出しているところは、見事としか言いようがない。
ただ、空から見ているような感じなので、どうしても地上の細かいところは全部見えない。それでわからない部分を憶測するのだけれど、その憶測が間違っていて、それが露呈してしまうことはあるようだ。そこが「誤訳」として取り沙汰されているのではないかと思う。
ということで、次回は、戸田さんの「誤訳」について、詳しく取り上げてみたいと思います。