先生デビューしました

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皆様、こんにちは!

お元気でお過ごしですか?

前回からちょっと間が空いてしまいました・・・汗

ご心配をおかけしていたらごめんなさい。

実はここ1か月半ほど、母校で大学生に日本語を教える仕事にチャレンジしています。

まあ、実を言うと、日本語を教える仕事は初めてではありません。大学院生時代に、助手(アシスタントインストラクター)として5年ほど教えていたので・・・

日本で英語・英会話を教えていた経歴と合わせると、9年ぐらい外国語としての英語・日本語を教える仕事をしていたのかな?

大学院の修士号も教育学(カリキュラム&インストラクション)なので、私の原点と言えば原点です。

・・・ただ、今の大学生が生まれる前の話なので、あまりにブランクが長すぎて・・・(汗)。正直、求人が出て応募したときも、合格するとは思っていませんでした。

たまたま夫が先学期、大学に復学していたので、懐かしくて一緒に母校のキャンパスに遊びに行ってるうちに求人が出て、ちょっとやってみようかな、と。遊び心で、あんまり後先考えずに応募したわけですが、まさかチャンスをいただけるとは・・・。

・・・でもまあここ数年、翻訳者になる前の(教師という)キャリアと、翻訳者としての経験を両方生かして何かできないかなあと考え、セミナー講師の道を模索するなどしていたので、方向性としては間違っていないんじゃないかと思い、試しにやってみようと思いました。

それに、強制的にでも毎日教壇に立つという経験をさせていただけるのは、翻訳者として20年以上もほぼ引きこもりの日々を長年送ってきた私にとって、OJT(実地訓練)としてもいいんじゃないかと考えたわけです。

し、しかしですね・・・(汗)。

私が通っていた/教えていたウン十年前と比べると、大学もシステムもずいぶん様変わりしておりました・・・。

いつの間にか、私の母校は、7万人が通う/働く巨大キャンパス(うち学生数は5万人)と化しており・・・

(7万人って、皆さん、北海道恵庭市の総人口とほぼ同じ人数ですよ?)

前からマンモス大学ということで循環バスとか通っていたけど、最近は所狭しとビルが立ち並び・・・。

昔はこんな学生向けの無料自転車もなかったし・・・

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こんな立派な立体駐車場もなかった。

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キャンパスをスケートボードで移動している学生を見かけて、最初は何をカッコつけてるんだと思ったけど、実はキャンパスが広すぎて(52万坪)、スケボに乗らないと次の授業に間に合わないってことだったのね。結構切実な事情だったみたいです。

あとは、前になかった建物として、ビル・ゲイツさんとメリンダ・ゲイツさんの寄贈で建てられたコンピューターセンターなんかもできてました。

私たちが学生の頃は、ちょうどWindowsが出たばかりの頃でしたからね・・・。

いや~時代の流れを感じる。

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本当に、20年以上もの歳月を経ると、実にいろんなことが変わるものです。

変わったと言えば、学生の成績管理も伝達事項もオンラインで行うようになっていました。宿題の一部もオンラインで提出するようになっていて・・・。

教材も、私が教えていた時代は「OHP」が主流だったのですが、今は全部パワポ。パワポを操れることが必要条件。なので先生は、パワーポイントの使い方と、ポインターの使い方もマスターしないといけません。

そんなわけで、目を白黒させながら、日々奮闘しております。

考えてみたら、私たちと同世代の方たちのお子様も、在学しているかもしれないんですよね、年齢を計算すると・・・。

自分が学生だった若い頃は思いもしなかったけど、いざ教える立場になると、出席簿を見ながら、この学生一人一人の後ろに、どれだけ多くの親御さんの思いが詰まってるんだろう・・・って考えちゃう。身が引き締まりますよ。

そして、いざ日本語を教え始めると、日本人だったら絶対にこういう間違いはしないだろうな、みたいな間違いを学生がしてくるので、常識が粉々に砕け散っております・・・。

そういった発見なども、これから追々ご紹介していければ・・・と思います。

 

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